2012-05-16 Wed
今日も一日、ずっと横になって考え事にふけっていた...
体が痛く、散歩もできなかった。
ベッドに横になっていても痛いので、楽じゃない。
世の中の働いている人たちに対しては、非常に申し訳ないのだが...

毎日毎日、ただ横になっていると判ってくることもあります。
入院当初は、ただただ心が苦しいだけだったけど...。
10日ほどもしてくると、自分の置かれている状況が見えてきます。
さて、ここから出るにはどうしたらいいのかな...

そんなことを考えていると、「あっ」という間に1ヶ月くらいが経ってしまう。
いつも頭に浮かぶのは、家族や『かんむら』のことばかり...。
それを考えると、ずっと心が苦しかった。
自分と向き合い、自分を責め、全てが嫌になる...。
夢の中でも自分を責めて苦しくなり、不整脈や過呼吸が出る。
そのうちに現実のことなのか、夢の中でのことなのか区別がつかなくなる。
それでも、2ヶ月近く経ってくると解決すべき課題が見えてくるものだ。
ココに来ることになってしまった、ハッキリとした原因が見えてくる。
いわば苦しさの根源と、それに対する対処といったところか...。
大きく、2つに分けることができる。
まず自分...やっぱり、すべては自分の弱さが招いたこと...。
自分自身の中で解決し、昇華させなければならない問題。
ダメな自分自身をもう一度受け容れ、歩んでゆくことへの覚悟。
そして次に、対外的な部分。
四六時中、頭の中にあることに対する決断をしなければならない。
内容は、今はヒミツ...

けど、これをしないと決して先に進むことはない。
自分自身の心中が改善することはない。
これは自分だけでなく、多くの人の協力を必要とする。
頼れる仲間たちに、また大変な思いをさせなければならない...

心苦しいけれど、みんな~...よろしくね

2012-05-15 Tue
だいぶ長いこと行っていませんが、どうなっていることでしょう
困った人、むずかしく考える人、そうでない人...いろいろいます。
みんなが仲良く、風通し良くやってくれることを祈るばかりです

ただ、どこかでケジメをつけることが必要だとは思いますが...。
今日は、ミーティングらしいですが、どうなったことやら...

まとまったのか、長話だけで終わちゃったのか...心配がつのります。
そろそ出番なのかなぁ~...

2012-05-14 Mon
以前にもご報告した通り、この病室にはラジオもTVもない。入院以来、何の情報もない。
「世捨て人」の生活さながらである。
暇はあっても、情報に操作されるような余計なことを考える必要がない。
この病院のルールや医療保険制度が変われば別だが、ココで生活する上での当面の心配はなさそうだ。
外の世界に関する情報は、面会の人が教えてくれることがすべてだ。
情報をもたらしてくれる人がヘンなことを吹き込んでも、いまは信じるほかない。
「火星人が国会議事堂にやって来て、地球への移住を申し立てている...
」そんなことがあったらしいと言われても、「さもありなん」と思うかもしれない。
インターネットで情報を確かめることさえしていないのだから...。
そういえば、またどこかの国でミサイル打ち上げ実験をして失敗したとか...

ミサイルとは言わないかもしれないけど、何かを打ち上げたらしいですね。
恐ろしい事である...

失敗したというところが、またなんとも恐ろしい...

よく失敗するのに、あんなモノを発射してほしくないものである。
日本列島を飛び越えて、太平洋のどこか上空で爆破させようとしたとする。
ところが、間違って日本に着弾してしまったらなんと言い訳するのであろう。
「間違っちゃった...
」ではすまないだろう。河川敷で花火師が試作品の打ち上げをするのとは訳が違うのである。
我々も、「失敗してよかった...」と喜んでる場合ではない。
たまには成功することもあるようだが、せめて自分の領土内でやって欲しい。
あんな怪しげなモノをポンポン打ち上げるのは、是非やめてほしいものである。
日本の花火師だって、河川敷で打ち上げするのにだって警察への届が必要だ。
花火そのものや、打ち上げ場所等の安全基準が満たされなければ許可は下りない...というか、過去に失敗した前例のあるトコには簡単には下りないだろう。
近隣諸国が「危ないからやめなさい」と言っても聞かないのはどうかしている。
またわざわざ「発射しますよ~」と言ってしまうところがなんとも...。
あんなものを使って外交交渉をやろうってんだからまいってしまう...

ひょっとすると、「次も失敗して日本に着弾するかも
」という新手の脅しかな
大人なんだから、話し合いで解決してほしいものである。
野田首相に代わってここでお願いする

2012-05-13 Sun
トシノブ...。みんなからは「トックン」と呼ばれている。
今年の4月から小学生になった

僕は、彼が小学校に上がる前に入院してしまった。
「小学生
」という姿を見たことがなく、あまり実感がない。きっと、ランドセルが歩いているような格好で、通学しているんだろうなぁ~。
姿かたちだけでなく、全てにおいてなんとも幼いとっクン。
ナイショ話をする時の姿などは、ホントに笑ってしまう。
ナイショ話というのは、周りの人に聞こえないようにするものだ。
だからこそ、「ナイショ話」と言うのである。
普通の人は、相手の耳元に自分の手を添えてそこに話しかける。
トックンの場合はというと...

こんな感じ...

相手の耳元に手を添えるまでは合っているが、そのあとが不正解...

「あのねぇ~...トックンねぇ~...」とちゃんと周りの人にも聞こえる。
自分では声を小さくしているつもりだから笑えてしまう。
しかも話の内容は、「えっとねぇ~...明日は日曜日なんだよ」と...

公共の電波でも堂々と発信している内容である。
たしかに、政治や覚せい剤、離婚に関わる内容じゃ困るけど。
何度かナイショ話の作法をレクチャーしたのだが...

ちっとも直らないから、訂正するのはやめてしまった。
ひょうきんで、マイペースな変わり者。
あんまり関係ないかもしれないけどAB型。
まだまだ幼さをたっぷり残しているトックン。
いつまでもトンチンカンなトックンでいてほしいものである...。
2012-05-11 Fri
ココの住人たちは、ハンパじゃなく食事が速い。見かけたことがあるが、食事の1時間ほど前には食堂で待ってる人がいる。
そこに食事のお膳が載ったワゴンと、食べ終わった食器を載せるワゴンが来る。
時間になるとワゴンから食事が出され、食卓に着いた患者さんたちに配膳。
僕は自分で食事を取に行き、部屋で食べている。
僕が食事を取に行った頃に、「いただきます」の掛け声で一斉に食事が始まる。
取りに行くのがちょっと遅いと、僕の食事を乗せたままワゴンは行ってしまう

今日みたいに「もう少し早く取りに来て」と、小言をこぼされることになる

部屋に戻り食べだす頃には、向こうで食事を片付ける音がしだす。
結構なプレッシャーの中、小さな声で「いただきます」と言い食事を始める。
速い時には、食べだして5分もすると職員が部屋に食器を片づけにやってくる。
「もう少し待って」とも言えず、悪いので食事をやめて持って行ってもらう。
なんとか食べ終わり、食器を戻しに行くと片付け用のワゴンがなかったり...。

人のペースに合わせることは難しいなぁ~と思ってしまう。
ただ、もう少し『ゆとり』をもってもいいのに...とも思う。
『待つ』ということ...。
立派な仕事ではないだろうか...。
『かんむら』のスッタッフたちには口うるさく言ってきたが...。
なかなかできないんだよねぇ~。
その『待つ』ってことが。
業務効率を追い求める職場で身についたモノは、簡単に拭い去ることはできない。
たとえ頭では理解できたとしても、身体はそうそう言う事が聞けるもんじゃない。
さて...誰のための仕事なのだろう...

急ぐことができない僕は、『待てない』こと自体が理解できなかった。
最初は『待つことができない』人に対し、どう話せばいいのか解らなかった。
こういう人種に『待て
』と言ったって簡単にはいかない。やっぱり、犬とは違うのである

犬の方がまだモノワカリがいい...。
あっ、これは「たとえ」というヤツです。
差別やそういった類の含みはなく、解りやすい表現として起用しました。
ちなみに、こういう人たちが元気のイイ施設は、「工場」と化す...。
「管理」という業務に、一人ひとりが没頭できるシステムをもつ工場...。
システムに特化し、行く果ては自分自身がそれに支配される。
「法」も「社会システム」も、人が人らしくあるために存在するもののはずだ。
福祉や医療施設の本来は、どうあるべきものなのだろう...

こんな病院や、何かしら不自由さを持った人に対して『待つ』のは大切な仕事だ。
たしかに、働く側の都合というのもあるのだろうけど...。
それが先に立っちゃぁねぇ~...。
人に手をやかせてる自分が言えることじゃないけど...

「働く人」と「面倒を見てもらっている人」...。
「面倒を見てもらってる人」もだいぶ気を遣うものだなぁ~...。
この気持ちを心底感じられただけ、ココにいた甲斐もあったものだ。


