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岡  秀 行

Author:岡  秀 行
本当は「寺小屋」のようなことをしたかったんだけどなぁ...どういう訳か今は山梨県甲府市で『かんむら』という名のみんなの居場所を制度を活用しながら、時には活用しなかったりしながら運営しています。この先はたぶん制度から離れていく方向になるのかなぁ...。いずれにしてもココは誰も排除することなく、にぎやかでごちゃまぜになることを楽しんでいる場所です。

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歴史...
北井バァチャンの今後について、北井家で話し合った。

子供である卓チャン、お久美チャンは残された母上のことを心配している。

卓チャンは一緒に東京で暮らすことも考えたが、ジイチャンと長年暮らした家をそのままにしておくわけにはいかないとバアチャンは言った。

家を守るのが妻の務めだと...。

しばらくは、『かんむら』のお泊りも利用しながらこれまで通り自宅ですごすこととなった。



卓チャンがジイチャンの身の回りの整理をしていたら昔の写真が出て来たそうだ。

その写真を見せてくれたが、ナント写真のほとんどが焼け焦げている。

Image0079_convert_20120213223641.jpg

今から半世紀ほど前、ジイチャンの実家は火事で全焼した。

原因はジイチャンの母上の失火であった。

その火事でジイチャンの母上は亡くなった。


ジイチャンは村長さんの3番目の息子として生を受けた。

名家で育ち、なに不自由なく育ったそうだ。

大きな家は6時間も燃え、自宅に着いたジイチャンは消防団員の制止を振り払い燃え盛る炎の中に飛び込んで、焼けて半分になってしまった自分の母親を抱いて出て来た。

Image0031_convert_20120213225625.jpg
         左端がジィチャン、右から2番目がお母上

焼け残った跡、想い出の品を持ち帰って来た物の中に写真があった。

卓チャンも、写真は今回始めて見たそうだ。

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  太平洋戦争が始まった昭和16年7月の写真 右がジィチャン

以前、北井バァチャンに、「ジイチャンの若いころの写真を持って来て」と言ったらバァチャンの写真だけを持って来ちゃった...

なに考えてんだか...と思っていたが、卓チャンが探しても判らないような場所に隠してあったらしい。

後日、卓チャンがアルバムにして『かんむら』にもって来てくれるとのこと。



傷心のご家族のみなさんに寄り添うのも、僕たちの大切な仕事。

懐かしい話をしたり聞いたりすることで、実は僕らを含めお互いに新たな一歩を踏み出す足場を築いているようです。

その中で、知ってるつもりで知らなかった事の多さににも驚かされます。

96年もの歴史...計り知れないものです。

















未分類 | 23:12:19 | トラックバック(0) | コメント(0)