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岡  秀 行

Author:岡  秀 行
本当は「寺小屋」のようなことをしたかったんだけどなぁ...どういう訳か今は山梨県甲府市で『かんむら』という名のみんなの居場所を制度を活用しながら、時には活用しなかったりしながら運営しています。この先はたぶん制度から離れていく方向になるのかなぁ...。いずれにしてもココは誰も排除することなく、にぎやかでごちゃまぜになることを楽しんでいる場所です。

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食事...
ココの住人たちは、ハンパじゃなく食事が速い。

見かけたことがあるが、食事の1時間ほど前には食堂で待ってる人がいる。

そこに食事のお膳が載ったワゴンと、食べ終わった食器を載せるワゴンが来る。

時間になるとワゴンから食事が出され、食卓に着いた患者さんたちに配膳。

僕は自分で食事を取に行き、部屋で食べている。

僕が食事を取に行った頃に、「いただきます」の掛け声で一斉に食事が始まる。

取りに行くのがちょっと遅いと、僕の食事を乗せたままワゴンは行ってしまう

今日みたいに「もう少し早く取りに来て」と、小言をこぼされることになる

部屋に戻り食べだす頃には、向こうで食事を片付ける音がしだす。

結構なプレッシャーの中、小さな声で「いただきます」と言い食事を始める。

速い時には、食べだして5分もすると職員が部屋に食器を片づけにやってくる。

「もう少し待って」とも言えず、悪いので食事をやめて持って行ってもらう。

なんとか食べ終わり、食器を戻しに行くと片付け用のワゴンがなかったり...。


人のペースに合わせることは難しいなぁ~と思ってしまう。

ただ、もう少し『ゆとり』をもってもいいのに...とも思う。

『待つ』ということ...。

立派な仕事ではないだろうか...。

『かんむら』のスッタッフたちには口うるさく言ってきたが...。

なかなかできないんだよねぇ~。

その『待つ』ってことが。

業務効率を追い求める職場で身についたモノは、簡単に拭い去ることはできない。

たとえ頭では理解できたとしても、身体はそうそう言う事が聞けるもんじゃない。

さて...誰のための仕事なのだろう...

急ぐことができない僕は、『待てない』こと自体が理解できなかった。

最初は『待つことができない』人に対し、どう話せばいいのか解らなかった。

こういう人種に『待て』と言ったって簡単にはいかない。

やっぱり、犬とは違うのである

犬の方がまだモノワカリがいい...。

あっ、これは「たとえ」というヤツです。

差別やそういった類の含みはなく、解りやすい表現として起用しました。

ちなみに、こういう人たちが元気のイイ施設は、「工場」と化す...。

「管理」という業務に、一人ひとりが没頭できるシステムをもつ工場...。

システムに特化し、行く果ては自分自身がそれに支配される。

「法」も「社会システム」も、人が人らしくあるために存在するもののはずだ。

福祉や医療施設の本来は、どうあるべきものなのだろう...

こんな病院や、何かしら不自由さを持った人に対して『待つ』のは大切な仕事だ。

たしかに、働く側の都合というのもあるのだろうけど...。

それが先に立っちゃぁねぇ~...。

人に手をやかせてる自分が言えることじゃないけど...


「働く人」と「面倒を見てもらっている人」...。

「面倒を見てもらってる人」もだいぶ気を遣うものだなぁ~...。

この気持ちを心底感じられただけ、ココにいた甲斐もあったものだ。








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