2014-06-18 Wed
存在そのものの形態や容姿がいきなり変化したのであれば、誰にでも何かしらの気づきはある。
感じ方は、それぞれ多少なりとも違うのだろうけれども...
突然の変化に驚かされる事といったらないだろう。
けど、本当に怖いのは
少しずつ変化し、変容の進行にそれとなく気づきながらも慣れてしまう事だ。
ある地域にある、昔からの電気屋さん...
通り沿いに看板を掲げ、今も普段通りに営業している。
以前は全然気にならなかったけれど、数年ぶりにその店の看板を見たら
シャッターが閉まっていれば、ただの廃屋の様相である...
よく見れば、大手電気会社、そして自社の名前を掲げている。
社長サンはもちろん、ココで働く従業員はどう感じているのだろうか...
あるいは、あらためて感じる事は既に無いのだろうか...
変化に敏感すぎるのもどうかと思うけれども、
少しずつジワジワとにじり寄る変化には、誰もが鈍感になりがちだ。
あのお店の皆さんには、耐性、免疫ができてしまったのかな
外観だけでなく内側も、たとえうまくいっていたとしても
うまくいっている時であればこそ、
『これでいいのかな』 と、
自分たちの在り方を、みんなで客観的に見直す必要がある。
よく考えると、「このくらいだったら...」
どこかでそう思い、妥協してしまっている事もあるような気が...
謙虚なスタッフ(?)、自信なさげなスタッフが多いからか、
普段から『かんむら』では、そんな話し合いがよくなされている。
そして、耳に痛い事でもしっかり言ってくれる仲間たちがいる。
ありがたい事である
それでも、まだまだ足りていないのが現状だけれども...
外から「どう見られているか」と考えることも必要だけれど、
中から「どう見えているか」と日々省みる事...
大切だなぁ~と、
そう思いながら、繁々とあの看板を眺めておりました...