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岡  秀 行

Author:岡  秀 行
本当は「寺小屋」のようなことをしたかったんだけどなぁ...どういう訳か今は山梨県甲府市で『かんむら』という名のみんなの居場所を制度を活用しながら、時には活用しなかったりしながら運営しています。この先はたぶん制度から離れていく方向になるのかなぁ...。いずれにしてもココは誰も排除することなく、にぎやかでごちゃまぜになることを楽しんでいる場所です。

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不思議なはなし...
時々、大きな流のなかで生かされていることを感じる。

それは大昔から決まっていることであり

到底、自分の力ではどうにもならないもの...

この仕事に携わっていると、いろんな不思議な事に遭遇する。

ちょっと長くなるけれど、そんなお話にお付き合いください。



キミカ叔母の父(僕の祖父)は「富次(とみつぐ)」という。

田畑を売り、湯水のようにお金を使ったジジさまだったので

身内はいつも愚痴をこぼしていた。

けれど、僕にとっては魚釣りなどの遊びを教えてくれたイイ爺ちゃんだった。

そんな祖父だったけれど、

障がいをもって生まれてきた自分の娘のことは忘れるはずはなかった。

祖母は僕が生まれる数年前に無くなっていたけれども、

身内からは祖母も同じ思いだったと聞いている。

障がいをもって生まれた子を持つ親は、

その子を置いて先にこの世を離れなければならい。

いま毎日『かんむら』で、そんな親御さんたちと一緒になるけれど

祖父母はどんな思いだったのだろう...



キミカ叔母は、7才になる齢に施設にあずけられた。

当時は彼女たちが入所できるような施設がほとんど無かったので、

やっと入れた所はとても特殊な施設だった。

そして18才になり、さらに特殊な施設に...

その施設は、介護保険サービスや障害福祉サービスが使えない。

障がい者手帳をもっていない人も多いし、

その施設に入所中は介護保険の申請すら禁じられている。

退所後はそういったサービスを使わなければならないが、

入院はしていても退所していないので手続きさえ簡単にはできない

だから『かんむら』に帰って来る準備は大変だった。

じつは、いまも手続き中のものが幾つもある。

まだまだ先は長い...



行政や関連機関で、そんな手続きをしていた時のはなし。

僕だけではどうにもならず、スタッフにチームとして関わってもらっている。

先週、ある窓口にかんむらスタッフの和美サンと一緒に行った。

すべての書類を揃えて行ったが、担当者に「岡」の印鑑が必要だと言われた。

持ち合わせていなかったので、和美サンを窓口に残し印鑑を買いに行った。

すると偶然にも、窓口の近くに叔父(キミカ叔母の長兄)がいた。

「印鑑持ってる?」と尋ねると、駐車場の車の中にあるというので一緒に向かった。

その途中、和美サンから携帯電話に連絡があり

「窓口に岡印があるので貸してくれる」という。

諸手続きのためにこういった機関に20年近く通っているけど、こんなことは初めてだし

『まずありえない...

でも、そう言ってくれるのだから叔父に事情を説明し、窓口に戻った。



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かなり古そうな印鑑...

指定された箇所に印鑑をつき担当者に返そうとした時、

「岡サン...ちょっと待って

印鑑をよく見ろと言う。

よく見るとその印鑑には、30年ほど前に亡くなった



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祖父の名が書いてあった...

頭の中がまっ白になった...

たぶん身体はそこに在っても、魂は違った場所やそこに居ない人たちと繋がっていた。

その後の事はよく覚えていないけれど、

「不思議な事もあるもんですねぇ...どうぞお持ちください」と担当の方。

なんでも随分むかし、窓口で印鑑を押してそのまま忘れて行ったらしい。

窓口に来たのはそそっかしい祖父だったのか、

しっかり者の祖母だったのか...

いずれにしても、あとに残される娘が困らないようこの窓口に来て

手続きをした時に忘れてしまった印鑑...

半世紀ほどが経ち、自分の孫がその娘の居場所を確保するための手続きに同じ窓口にやって来た。

そして、その印鑑が孫の手に戻って来た。



いろんな窓口で「岡」の印鑑が無くて困り、

いったいこれまでどのくらいの本数の「岡印」を買ったことか...



自分で決めたことなのに、本当はいろんな想いが巡っていた。

けど、襷(たすき)を継いだいまははっきり言える。

「これで良かった」のだと。

というより、こうなる事になっていた...

随分むかしから決まっていた...

ぼくたちは、自分の力ではどうにもならない大きな流れの中で生きているのかもしれません。

その中でもがきながら、溺れたフリをしながらも生きてゆく...

カッコの良いものじゃないけど、自分らしく細々とやっていきます。

それにしても...

ホント、

「事実は小説よりも奇なり」だね...

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